真っ白だ

上も下も、右も左もわからない。
俺が立っていたのは、何もないただ真っ白な世界だった。
無理に辺りを確認しようとすると眩暈がする。

一歩踏み出そうと、足を上げた。



「朝だぜアルツー!」
シャーッとカーテンが開いたかと思うと、眩しい光が一気に部屋中に差し込んだ。
あまりの明暗変化に目が眩む。
俺が目をしばたかせながら起きると、サプライズを成功させたロードは実に満足そうな顔で頷いた。

「普通に起こせよ普通に。俺、寝過ごしたのか?」
「いや、俺も今起きたところだ。ティリエはとっくに起きてるけどな。ほらほら、飯行くぞ」
ロードは覚めきらない俺の腕を引っ張る。
俺は抵抗する元気もなく、辛うじてかけておいた上着だけを掴んですぐに連行された。



宿泊客共用の食堂では数人の客に混ざって、ティリエが紅茶を飲んでいた。
「あら、よく眠れた?」
俺達に気付いたティリエはコップを置いた。
全く、爆睡してたとわかってて聞くんだからな。


村を出て二日目。俺達は隣街のアイダルに来ていた。
「ツリードロップ」は小さな民宿だが小綺麗で、人のいいオーナーの料理は絶品だ。

オーナーは俺達に気付くと、焼いたパンとスープ、サラダを持ってきてくれた。
「他にご注文は?」
「ありがとう、大丈夫だ」
俺は礼を言ってテーブルについた。クリーム色のスープからは、イラニドロにはないほのかな香辛料の香りがした。
先に食事を済ませたティリエは地図を広げて、何やら分厚い本で調べ物をしている。

「お嬢さんがたはどこに行かれるんです?」
サラダを口に運びながら、相席の老人が話しかけてきた。
「首都に向かっています。クオリアを通れないものかと」
「クオリアですか。あそこはいかがなものか…クオリアはシトナルタ族の聖域ですからね」
「シトナルタ族?」
俺が口を挟むと、老人はにっこり笑った。
「錬人は知っているかい?坊や」
「いいや」
「世界には種族と民族があるの。種族は人間や錬人や妖精、魔物に分けられるわ。民族はそれをさらに細かく分けたもの。つまりクルーガなら魔物種族のクルーガ族ってところかしら」
「お嬢さんの言う通り。シトナルタ族は錬人の一つ。ここらでは人より神に近い存在と言われています。…しいて言えば獣人かな?」

獣人なら聞いたことがあるぞ。確かベースは人間に似てるけど、人間ではないんだ。
人形になっていたロードも獣人という言葉に表情が戻る。

「まあシトナルタは比較的穏和な民族ですから大丈夫だとは思いますが。ただ、最近あまり良い話を聞かないもので」
「そうですか…。でもとりあえず行ってみます。有難うございます」
「いやいや。何もお役に立てませんが」
老人は肩を竦めて笑った。



俺達は荷物をまとめて宿を出た。クオリアはアイダルから離れた森の奥深くにあるらしい。ぶっ通しで歩けば一日で着くらしいけど、急ぐ用もないから寄り道していくつもりだ。
平和なアイダルの町並みを眺めながら目指すは、森の付近にある村、ハルタ。

「なぁ、さっきの話、詳しく教えてくれよ」
折角説明してもらったところで聞き返すのもなんだから黙ってたけど、納得しきれてなかった俺は尋ねてみた。
ティリエは首を傾げる。
「種族や民族について?」
「まずはそのなんとか族について。ティリエは会ったことあるのか?」
「シタシタ族だろ」
「馬鹿、シトナルタ族よ」
話に割り込んだロードをティリエが一掃する。ロードは口笛を吹きながら、足早に歩いて距離をとった。

「会ったことはないわ。本で読んだ程度、でも挿絵が載っていたわ。たしか魔法が得意で、テシンを作り出した民族。水と共生しているわ」
「外見は?」
「そうね…魚人かしら?」
ぎょ、魚人か。
魔法と聞いて浮かんだイメージはエルフだったんだけど、…魚人か。
俺の中のシトナルタ族は首から上が魚、下が人間の異生物に確定した。